日常の些細なことからブログを始めよう: 2009/03/01

2009-03-07

YOTSゴルフコンペ

本日は学生時代の友人達と兵庫県の三木までゴルフに行ってきた。

今回一緒に行った仲間を紹介しよう。

ブンブン今回のゴルフ幹事で最年長の34歳。今回のゴルフコンペの構想に1年半以上もの期間を要した。普段は精密機械の工場で利用する特殊手袋の営業マンだ。つい先週まで約2週間欧州に出張しており、グローバルに活躍中だ。人の話を聞くのが上手で、いつも心地よく話しをさせてもらえる。最年長ではあるが、時には小学生のような童心を持った、よく言えばピーターパンのような存在だ。
ヨーメーこのゴルフコンペの創始者。学生の頃から遊びの天才で、ビリヤードをやらせてもうまいし、ゴルフもメンバーの中で一番上手い。竹中直人似の彼は作業服を取り扱った会社「株式会社藤和」を経営する経営者だ。場の空気を読むのが上手く、とにかく気遣いの人で、ふとしたところにさりげない優しさをちりばめる友人だ。
アツシいつも人とは違うひとつステージの上のことを実践する志の高い友人だ。どちらかというとジャニーズ系で端正な顔立ちの彼は、なんでもスマートにこなしてしまう器用さを兼ねそろえており、学生時代からモテモテだった。人付き合いもよく、どんどん出世を重ねていくタイプだ。彼も俺と同業界に勤めているが、技術職ではなく、会計の先生を相手にする営業マンだ。

ゴルフコンペの名前はタイトルの通りだが「YOTS(よっつ)」だ。
名前の由来は大学が立命館大学でその呼び名が「RITS(りっつ)」で
それから取った。前回はブンブンとヨーメーと3人で行き、定期的に
やろうということで3人だから「MITS(みっつ)会」というのに決まったが、
連絡が取れていなかったアツシもようやく連絡がつき、今回から
「YOTS会」に改名となった。

今回はフォレスト三木ゴルフ倶楽部というゴルフコースだった。実は昼ごはん時に
気がついたのだが(気付くの遅っ!)、前回のお客さんとのゴルフコンペも同じ場所だった。

ヨーメーが広島に住んでいるということもあり、スタートが10時37分と
かなり遅めだった。

ブンブンに家まで迎えに来てもらうことになっていたのだが、
約束の8時になっても来ない。電話をしてもつながらない。
おそらく車に乗っているから電話に出られないのだろうと
思っていた矢先に電話がかかってきた。

俺 :近くまで来た?家の場所分かる?
ブン:ごめん。今家を出たところ・・・。
俺 :おいーっ!間に合うかな?
ブン:余裕!30分で着きます。

ということでブログを書いて待っていた。つい2日前に欧州から
帰国したばかりで道が込んでいたらしく結局家を出発したのが
9時前だった。

早速出発したが、道中でちょうどブログに書いていた出向に関して相談をしてみた。
彼も出向したほうがいいのではないかということだった。会社からもらったチャンスを生かしたほうがいいのでは?ということだった。さらに決意が固まった。

渋滞していたら間に合わない時間帯だったが、意外と余裕で9時50分頃に到着した。

久々の再開を果たしたが、4人で会うのはおそらく7、8年ぶり
くらいではないだろうか。みんなほとんど変わっていなかったが、
やはり少しずつ太っておっちゃんになっていた。

比較的天候も良かったが、とにかく風が冷たく寒かった。
しかし前半は半袖になってもいいくらい熱くなってくる
ときもあったくらいだ。スタートが遅かった分、午後スタートは
2時10分と非常に遅く、終盤に差し掛かってくると
ウィンドブレーカーを着ても寒いくらいになった。

ゴルフはぜんぜん振るわずスコアもここ数年で最も悪かった。
練習を全くしていないから仕方がないのだが、
何がどうだったのか記録として残しておこう。

■ドライバー
いつもどおり玉があがらない。2月中旬に実家に帰ったときに
父親に打ちっぱなしに連れて行ってもらい、教えてもらったのだが、
そのときに初めて玉をあげる感覚をつかんだのだが、1ヶ月たって
忘れてしまったのだろう。。。

最初の3ホールは上手くいったのだが、残り15ホールはいつも通り
玉があがらなくなってしまった。最後のホールでは力みすぎてキセキの
50cmショットになってしまった。やはりまだまだ練習が足りないようだ。

■アイアン
今まではドライバーが駄目でも、アイアンで何とかカバーするという
スタイルだったが、今回はアイアンもいまいちだった。トップ気味に
なることが多かった。

■アプローチ
父親に教えてもらったときに、サンドウェッジで30ヤード、50ヤード、
70ヤードの距離感をもって打ち込む練習をしたがそれのお陰でおおむね
いいショットが出来た。ただ、30ヤードのショットはまだまだ下手で
トップして飛びすぎたり、ダフって短すぎたりということが多かった。
次の練習のときは短い距離をもう少し練習しよう。

■パット
なかなか成長を感じられないのがパッティングだ。どうやれば上手く
なれるのかもよく分からない。10歩程度なら開いた足を目安に
出来るのだが、それ以上の距離になるとどれくらい引けばいいのか
基準を決めづらい。また父親に教えてもらおう。

反省点を生かし、次のYOTS会では最下位脱出を目指す。

やっぱり学生時代の遊人とのゴルフが一番楽しい。全く気を遣うことがなく
心から楽しんでプレーできた。次はヨーメーが幹事で5月23日に開催する
ことになった。楽しみだ。

【24時間以内にあったよかったこと】
・学生時代の中国人の友人から出向に関するアドバイスのメールをもらったこと。
彼は早稲田大学の博士号を取得したそうだ。友達が活躍している話を聞くと
モチベーションが高まり、とても嬉しく前向きな気持ちになる。

2009-03-06

人生の選択

今人生の選択を迫られている。今週末にも決断を下さないといけない。

現在は客先に常駐しているが、顧客の会社に出向するという話を
会社として顧客に提案している。

リーマンショック以降社会情勢は一変し、システム開発の仕事が
全体的に減ってきている。
それを打開するために顧客の懐に飛び込んで仕事を取ってくる
というのが私のミッションだ。顧客には提案中で、4月以降に
なって顧客の体制が新たになるまで結果は出ない。

私は現在の現場に約8年とメンバーの中では最長で、現在のシステムの
立ち上げ段階から残っている唯一のメンバーだ。顧客とも長い付き合いで
お互いによく分かり合っている。それで出向の白羽の矢が立った。

出向しても良いか、課長から問われており、来週の頭には結論を
伝えなければならない。
責任のある大きなミッションを与えられたのは本当に嬉しい。
しかし現在3点の問題があり、悩んでいる。

1)ローテーションが出来なくなる。
2)子供を作るのが遅くなる。
3)出向を断ることのデメリット

まず一点目だが、会社にはローテーションという制度が一応ある。
5年間同一業務、もしくは同一部署にいる場合は、他業務、もしくは
他部署に配置換えを行うというものだ。

私は既に3年前からローテーションの対象となっていたが、私の
後輩がまだ3,4年目未満の若手しかおらず、他部署からも引継ぎ要員を
つれてくることが案件状況から難しかったため、8年もの間同じ
プロジェクトにいることになった。

それが課長が変わって、ローテーションに積極的に動いてくれ、
3つ上の優秀な先輩と、3つ下の優秀な後輩をローテーション要員
として配属してくれた。半年から1年程度かけて引き継いで行こうと
考えていた矢先、リーマンショックが起こり、状況が一遍してしまった。

それで仕事を取るために今の顧客では長期経験者の私と、業務経験の
豊富な3つ上の先輩が出向するという話が持ち上がった。

私は4月から社会人10年目を迎える。これからのSEとしての人生に
おいて、顧客の経験が1社しかないということはプラス要因よりも
マイナス要因のほうが大きい。当然、ひとつの業界を深く知ることは
出来るが、長くいればいるほど抜けにくく、他の業界への適応能力が
減っていくと考えている。

2点目の子供についてだが、現在31歳で嫁さんは30歳だ。今年にも
子供を作ろうと話をしていたところだった。出向すると東京に
長期出張の形となる。

妊娠するとよる急に病院に連れて行かなくなったりするため、
一人大阪に残しておくわけにも行かない。
かといって、嫁さんは仕事をしていて、出産後も働くつもりで
がんばっているので、東京に連れて行くわけにも行かない。

また、嫁さんのお母さんが昨年末に亡くなったため、妊娠中に
お義母さんに頼るということも出来ない。

結果、出向を選択するとその分子供を作ることを遅らす必要が
あるということだ。既に30代であるため、あまり子作りを遅らせ
たくはないと二人とも思っている。二人とも子供好きなので
遅くなりすぎて子供が出来なくなるということは望んでいない。

3点目についてだが、出向を断ることによる影響は計り知れない。
詳しい事情は書けないが、顧客の懐に飛び込まなければ、仕事は
先細りになってきてしまう可能性が高い。

また、自分の会社の期待を裏切ることにもなるので、先の二つを
理由に断っていいものかどうか決めかねている。

以上の3つの悩みをどう解決するか考えなければならない。
上司や同僚に相談して考えた結果、以下の条件を出して
前向きに出向を受けようと思う。

・1年という期限。
・毎週大阪に帰って来れる。
・出向解除後は現在の業務から離れ、ローテーションさせてもらう。
・行ったあとの役割を明確にしてもらう。
 (出向したはいいが、ただの便利使いさせられないため)
・当社に仕事が来る筋道を上司から顧客に事前に立ててもらう。
 (基本的には自分のミッションであるため、もちろん絶対ではない。
 会社からの期待が大きいのでそれのリスクヘッジのひとつとして)
・寮ではなく会社近場のマンションに住む(できれば)
 (通勤ラッシュで疲弊したくないし、新聞を読んだり本を読んだり
 電車での時間を有効活用できないから。また、たまに嫁さんが東京に
 来ることが会ったときに寮だと泊めてあげられないから)

新しい環境になり、仕事もより上位の工程の作業になるので
やりがいはとてもあると思う。以上の条件を飲んでもらった上で
前向きに頑張ってみようと思う。

【24時間以内にあったよかったこと】
学生向けの当社の説明会に先輩社員からということで20分程度
話をしたが、アンケート結果に嬉しいことが沢山書いてあったこと。
・「とても分かりやすい話でSEという職業の具体的なイメージがつかめた」
・「話を聞いて絶対SEになりたいと思った」
・「OraclePlatinumの資格を取得している人に初めて出会った。本当にすごいと思う」

2009-03-05

好き嫌いの原因

引き続き今日も勝間さんの「断る力」から。

同調傾向の強い人と言うのは自分の評価を他人に預ける傾向がある。
となると、行動の動機は「他人から嫌われないように」ということに
なりがちだ。

しかし全員から嫌われず、好かれると言うことも現実的にないので
嫌われたときは原因を分析し、自分に問題がある場合は直し、
どうしても関係を戻せない場合は距離を置くと言うことで
問題解決の糸口にすることを勝間さんは勧めている。

嫌いの原因としては、哲学者の中島義道さんが自身の著作
「ひとを<嫌う>ということ」で8つに分類している。

(1)相手が自分の期待にこたえてくれないこと
(2)相手が自分に危害を加える虞(おそれ)があること
(3)相手に対する嫉妬
(4)相手に対する軽蔑
(5)相手が自分を軽蔑しているという感じがすること
(6)相手が自分を嫌っているという感じがすること
(7)相手に対する絶対的無関心
(8)相手に対する生理的・観念的な拒絶反応

(8)については少なくとも自分の取り組みで改善することは可能だ。
勝間さんの言う、以下のチェックポイントを気にして見ようと思う。
相手によっては当てはまる部分があるので注意しよう。
4点目は人の目を見て話を聞くというところから心がけようと思う。

・見かけが、平均よりも汚く見えないか
・髪の毛や口、ワキガなど嫌な臭いを発していないか
・話し方にどことなく相手を馬鹿にした雰囲気や、言い回しの嫌らしさがないか
・相手について興味がなさそうな雰囲気や、生意気な言動を取っていないか

以上は嫌われないための最低限のチェックポイントだが、
逆に好かれるための要素は何があるかと言うと以下の通りだ。

(1)こちらが圧倒的に憧れる個性、才能、クセがあり、私達の代わりに
  何かを実現してくれる
(2)それを実現するために努力を継続的に繰り返しており、その姿勢に
  強い共感が持てる
(3)相手がまめで、こちらを分かってくれている、ケアしてくれている
  という感覚が持てる
(4)謙虚で威張っていないため、相手と自分の関係が上下関係にならない

(1)については一朝一夕にはなかなか難しいが、それ以外はすぐにでも
できる。今日の生活からでも意識的に取り入れてみよう!

【24時間以内にあったよかったこと】
顧客から次期システムの検討メンバーに入って欲しいと頼まれたこと。

2009-03-04

シゾフレ・メランコテスト

昨日のダイバーシティに関連する内容を本日は書こうと思う。

勝間さんの「断る力」にシゾフレ・メランコテストに関する
記述があった。シゾフレ・メランコとは、精神科医・和田秀樹
さんのホームページによると以下の通りである。


人間は大きく、心の主役が他者である「シゾフレ人間(分裂病型人間)」と、
心の主役が自分である「メランコ人間(躁鬱病型人間)」とに分けられる
というのが、私独自の理論です。
 それぞれの特徴を簡単に述べると、メランコ人間は、進んで努力をし、
失敗したら自分を責めるというが主流です。そして、シゾフレ型人間は、
おもに周囲に合わせて広く浅くの人間関係を築き、失敗しても運が
悪かったと簡単にあきらめる特徴があります。


昨日のダイバーシティで行くと自分への評価を他人に預けてしまう
ような人間、つまり同調傾向が高い人間はシゾフレ型人間という
ことになる。

和田秀樹さんは御自身のホームページで「シゾフレ・メランコテスト」という
自分がシゾフレ人間なのか、メランコ人間なのか診断できる
ホームページを提供されている。

実際にテストしてみた結果が以下の通りだ。
メランコ度

58%
シゾフレ度
22%


=================================================
伊藤 勇樹さんは、ややメランコ的なところがあります。
 どちらかというとしっかりとした自分を持っている人です。
まわりの意見を聞きながら、自分の意見を崩さないで、
よりよい自分にしていくためには、有利なスタンスにあると
言えます。

 他人の意見に流されず、多少にしっかりしたところが
ありますが、まだまだ自分へのこだわりも強く、
ちょっとしたところでトラブルが起きるかもしれないので要注意。
=================================================

予想していた通りの結果にビックリした。他人の意見を
もっともっと尊重して聞くようにしようと思う。

【24時間以内にあったよかったこと】

・今はまっている「チュモン」という韓国ドラマの新しいDVDが届いて
いたこと。チュモンの前向きな姿に共感。

2009-03-02

ダイバーシティ(多様性)について

勝間さんの「断る力」を読んでいる。

心理学者ソロモン・アッシュの実験においては多数派が少数派の
3倍以上になると同調傾向が強まるという結果が出たそうだ。

最近のダイバーシティの研究でも職場で男性と女性の比率が3対1以上に
なると多様性が高まり、生産性が急速に向上するということが知られて
いるそうだ。

これはなかなか面白い考えだ。特に同調思考というのは日本人は
強いのではないか。他人と異なることを嫌がる気質がある。
研究と照らし合わせると日本人は多様性が低く、同質的で閉鎖的な
印象が高いということになる。

同調傾向というのは日本人の強さでもあり、弱さでもある。
一致団結してひとつのことに取り組むという場合はとても
得意で、間違っていると思っていても周りの意見に流されて
多様な意見が出にくいというのも実際に感じることが出来る。

結局のところ、臨機応変なバランス感が必要ということだ。
日本人はそれくらいの器用さは持っていると思う。日本人は
特に同調傾向が強いので、逆に多様性を意識して生活して
行こうと思う。

プロジェクトでも複数の意見が出やすい雰囲気作りを
して、多様化した層の厚いチームビルドを行いたい。
また、出来るだけ女性が多い環境作りも意識してみる。

最後に多様化によるメリット・デメリットをまとめておく。

■メリット

・様々な性格や習慣、視点を持つ人が集まることで、アイデアを
 豊富に備えた組織となり、問題解決や企画会議などの場面で
 ゼロベースでの検討が可能になる。
・自分と異なる考え方に触れることが出来、自分と他人との違いを
 考える機会が増える。それによって、自己啓発につながりやすくなる。
 また、コミュニケーション能力も磨かれる。

■デメリット

・同じ文化的背景を持つチームよりも検討や合意に時間がかかる
 ためコミュニケーションのプロセスに工夫が必要
・互いの信頼関係が醸成されにくくなるので参加者には異文化への
 慣れが必要。

【24時間以内にあったよかったこと】
・ブログの一日のアクセス数が過去最高の66ページビューになったこと。
・嫁さんの簿記の試験が合格したこと。
・ここ最近で最も大変な見積もりの仕事が終わったこと。

篠山マラソンの結果は・・・。

いよいよ人生初のフルマラソンだが、特に競争する相手も、
超えるべき自分自身の記録もないので、緊張は特になかった。
ただやはり練習で痛めた右足首だけが心配だった。

朝8時に早々と受付を済ませ、旅館に戻って入念なストレッチを
行った。

10時ごろに旅館を出ていよいよスタート地点に移動した。俺らは
Dブロックだ。まずは陸連に登録している登録者がAブロックに並び
その後、未登録者がBブロックからDブロックまで並ぶ。今回は
約1万人もの人が走る。

半袖、短パンで走ることにしたが、風もなく意外と暖かかったので
大丈夫だった。10時50分にいよいよスタートとなった。

今回は足切り時間が5時間10分となっていた。途中でも関門があり、
間に合わなければバスに収容されて志半ばにしてスタート地点まで
戻されてしまう。
スタートしてからスタート地点にたどり着くまで10分かかったので、
実質5時間以内に走りきらないと足切りで完走できない。5時間と
いうことは時速8.439kmでゴールできる。嫁さんと共にゆっくりと
走り出した。

■0~10kmまで
10kmまでは普段から練習で走っている距離でもあるので、景色を
楽しみながら、嫁さんとの会話を楽しみながら走ることが出来た。
1万人が同じ目標に向かってひたむきに走り続ける。1万人がみんな
仲間に思えた。本当に天気もよく、暑すぎず寒すぎず、初めての
俺にとっては最高だった。この時点でフルマラソンの素晴らしさを
かみ締めながら走っていた。フルマラソンをライフワークにしよう!
と心に誓った。

■10~15kmまで
まだ経験したことのある距離ではあるが、多少足の張りが
出だしてきた。しかし気持ち的な余裕は充分にあった。
嫁さんのペースに合わせてゆっくり走っていたので、
30kmくらいからペース上げてもいいかな?と嫁さんに
言っていたくらい余裕はあった。

■15~20kmまで
20km地点で地元の中学校の吹奏楽部が「RUNNER」を演奏して
くれていた。他の仲間に聞くと「負けないで」も演奏されて
いたようだ。本当に地元密着型のいいイベントだ。
「走るー走るー俺ーたーちー♪」と歌いながら走れるくらい
の余裕はまだあったが、ふくらはぎがだいぶ痛くなってきて
おり、途中の救護エリアで必ずエアーサロンパスをし始めた
のもこの頃だ。

■20~25kmまで
アナウンサーの清水貴之さんを抜き去り、走っていった。
嫁さんが声をかけられなかったことを悔いていた。

いよいよ人生で最も長く走った距離22kmを越えた。
腰にもきだした。あと半分という気持ちより、まだ半分も
という気持ちのほうがどちらかというと強かったと思う。

■25~30kmまで
25kmからは折り返し地点である30.6kmから戻ってくるランナーと
すれ違いながら走ることになる。これが意外とつらい。
すれ違うランナー達は既に自分よりも数kmから10km程度
先を行っている。どんどんすれ違って行けば行くほど途方もない
距離感を感じてしまう。

途中で反対側にしし鍋を振舞っているところがあり、早い
ランナー達はゆっくり座って味わって食べていた。
常に関門の締切時間と戦っている自分はとてもじゃないけど
食べれそうにないと思いさらに不安感が押し寄せてきた。

とにかく行けども行けども折り返し地点が見えない、そんな
感じだった。28km地点で恐れていた右足首に激痛が走った。
しかし、足首を意識的に動かしながら走れば気にならない
ことが分かり、そういった走り方に変えていった。
が、少しずつ心が折れ始めていった。

イケメンアナウンサーの高野純一さんをここで抜き去った。
ここで嫁さんは「頑張ってくださーい」と先ほど声を
かけられなかった清水さんへの言葉をかけていた。

しかし、伴奏者にカメラで撮られながら辛そうに走っている横を、
女性から「頑張ってくださーい」と上から目線で言われても
つらいだけだろう・・・。
でも声をかけれたことに嫁さんは満足そうだった。

■30~35kmまで
何とか折り返し地点の30.6kmを締め切り10分前に超えることが
できた。しし汁ポイントにも到達したがやはり食べる時間的
余裕もないし、座ったりたったりといった動作がとてもじゃないけど
出来そうになかったので、来年に取っておくことにし、今年は
諦めることにした。

嫁さんは淡々と同じペースで進んでいく。
「30kmになったらペースを上げてもいいか?」と嫁さんに調子よく
言っていた自分が情けないほどのヘロヘロ状態だった。
最近ドイツ人の友人のヨルクからもらったお土産のチョコレートを
嫁さんからもらい口にしたが、これほどチョコレートがおいしい
ものだったのかと神様に感謝した。
不思議なもので少しだけ気力が回復した。

上司の寺島さんにもたまたまお会いしたが、この時点で
追い抜かれていった。ここまで走ってきたとは思えないほど
軽快なステップで走っていった。

■35~ゴールまで
35km地点でついに嫁さんについていけなくなった。
嫁さんは35km辺りでipodを装着し、「先行くから」とか
「先に行っておいて」といった会話を交わすこともなく、
同じペースでさっそうと進んで行ってしまった。
ここからは自分との孤独の戦いだった。

今回初めてしばらくの間歩いた。歩くと当然時間だけが過ぎ
距離が全く縮まなくなる。最後の関門である36.3kmを何とかギリギリの
5分前に歩いて超えた。残り55分で6kmを走る必要がある。
時速約6kmで到達できる距離だ。早歩きで出せる速さではあるが、
時速4kmが限界であった。このまま歩いているだけでは絶対に
間に合わなかった。

残り5kmからは1kmごとに「残り*km」という標識が出ている。
それと既に走ってきた距離も「37km」、「38km」と標識が出ているため
「37km」という標識から「残り5km」(つまり37.195km)という
標識までは195mある。

そこで自分の中でルールを決めた。195mは歩いて、残りの約800mは
遅くてもいいから走ろう、と。
それを決めてから気力が少しだけ復活してきた。

また、最初は「~km」という標識を目標に走ってきて、30km以降は
次の信号までとか、次の電柱までと目標を短くしていった。
道路の中央線が点線になっていたが、その点線の間隔が
10mであるということに気がつき、37km以降はその10mの間隔を80回(=800m)
数えながら目標を非常に短期的なものに変えて乗り越えていった。

沿道の人たちからの応援が本当に心強かった。見知らぬ人でも
自分に対して応援してくれていることが分かると不思議と力が
沸いてくるものだ。歩いていても直接声をかけられると走れる
ものだ。

そうこうしているうちに「残り1km」の地点までたどり着いた。
この時点で残り時間が15分。時速4kmで歩いてもギリギリ間に合う。
ゴールへの目処が立ったことによってかなり安堵した。

そう思うと人間はあまいもので足が出ない。走ることができなく
なってしまった。ゆっくり一歩ずつ歩いてゴールへと向かった。
ゴール100m手前で、既にゴールしたり、足を切られた仲間達が応援
してくれていた。それでまた走ることが出来、4:56:30でゴールが
できた。

完走の証であるメダルを首からかけてもらった。大きな達成感が
ふつふつと沸いてきた。それと共にあまり痛くないと思っていた
両膝と右足首が一気に痛くなってきた。気力で持つということは
こういうことなのだと生まれて初めて感じた。

まさに人生で一番疲れた一日だった。こんな経験が31歳になって
から出来るなんて幸せだ。

今回走った6人の仲間のうち4人は完走できた。嫁さんは4:40:57で
ゴールした。正直恐れ入った。結局一度も歩かなかったそうだ。
彼女の気力には参った、の一言だ。

宿で温泉に浸かって疲れを取って、「ParaPara」というファミレスで
みんなで食事をしてから電車で帰った。チャーリーがファミレスから
駅まで2往復してみんなを送り届けてくれた。

そこから帰るのが大変だ。とにかく階段の昇降は絶対に無理。
80代のおじいちゃん状態だからだ。時速1kmでしか歩けないし、
帰るのは本当に一苦労だった。こんなに『どこでもドア』が欲しいと
思ったときはない。家に辿りついたときにこんなに嬉しかった
こともない。

それだけ過酷な経験が出来てよかった。すべてのことに感謝する
気持ちが芽生えた。本当に楽しいいい経験が出来た。
次の日有休をとっていて大正解だった。。。

ちなみにau smart sportsで記録をとっていたのだが
以下の通りだった。

距離42.6km
平均時速8.4km
平均ペース7:04/km
消費カロリー2715kcal
歩数30810歩

【24時間以内にあったよかったこと】
・夫婦そろってマラソンを完走できたこと!
・嫁さんを超えるという目標が出来たこと。